こんにちは、灯台もと暮らし編集部です。

 

灯台もと暮らしは先月、「決める」をテーマにトークイベントを開催しました。(8月のSUSONOのテーマは「決める」でした)

 

イベントタイトルは、「女性の選択。決め手になるもの」。

 

モデレーターを務めた私・小山内自身が女性ということで、ゲストには、おなじ女性編集者・ライターの徳瑠里香さんをお迎えしました。

 

 

現在、一児の母として子育てとお仕事を両立される徳さん。

 

パートナーは長期で出張に行くことも多く、ワンオペ育児状態になることも日常的なものだそう。それでもイベント当日の打ち合わせには、パートナーと2歳になるお子さんも駆けつけてくれ、忙しかったり離れていても笑顔がある、「ひとつの家族のかたち」をほんの少し垣間見せてくれました。

 

さて、そんな徳さんは8月末に、ポプラ社から『それでも、母になる-生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』を出版しました。

 


本のタイトル通り、徳さんには、自然に生理がこない身体で、出産された経験があります。

 

「結婚する、しない。子どもを産む、産まない。仕事を続ける、続けない。

 

女性は……いえ、女性だけでなく関わる男性にとっても、大きな選択の前に大切にすべきことはなんだろう?

 

こんな疑問を携え、徳さんに「選択」と「決断」についてお話を伺いました。



大きな言葉の中に、一人ひとりの物語がある

 

── 今回「女性の選択。決め手になるもの」というテーマで、徳さんにお声がけさせていただきました。

 

徳瑠里香(以下、徳):

よろしくお願いします。

 

 

── まずは、徳さんの直近の「選択」からお話を伺いたいです。8月末に自著を出版されましたが、これはどのような経緯で?

 

徳:

そもそも私が編集者・ライターという仕事を選んでいるのは、自分以外の人の話を聞くことによって、思考が深まったり、選択肢が広がっていく豊かさを感じているからです。

 

── はい。

 

徳:

キャリアとしては、大学を卒業し出版社に勤務しました。「20代の働き方」をテーマにした書籍の編集やWEBメディアの運営に携わっていて。

 

その後、本の編集を担当した著者のオーガニックコスメブランドに勤め、店舗運営やプロモーションの仕事をしていました。少人数の会社で忙しく働いていたのですけど、しばらくして離れることになって。そのときは次の働き方として、フリーランスで編集やライティングの仕事をしようと描いていました。

 

ですがその5日後、なんと妊娠したことが発覚して。

 

── 5日後…!

 

徳:

驚きました。

 

私は原発性無月経という、生まれつき生理が自然に来ない体質なので。今まで自分が母になることをリアルに想像できなかったけれど、それでも母になる、家族ができるということで、「もっと自分の身近な人たちに話を聞きたい」と思うようになりました。

 

今までは、たとえば経営者など、何らかの肩書きを持った方の取材が多かったけれど。もっと自分の身の回りの、友人である「あの人」の話を聞きたいな、と。

 

妊娠してから、ハフポストの『Ladies Be Open』という特集を読んだことも、私にとっては大きかったです。そこにはたまたま、自分とおなじように自然に生理がこない人が、自分の体のことをオープンにした寄稿をしていました。

 

 

徳:

それを読んではじめて、自分とおなじような境遇の人がいることを認識したんです。

 

たまたま私も妊娠中かつ仕事の狭間の時期で時間があったこともあり、特集のメッセージに後押しされ、自分の体のことや妊娠していることをハフポストで書きました。

 

驚いたのは、私自身のささやかな体の事情をオープンにしたときに、わりと近しい関係性の人たちが記事を読んでくれたことです。そして「じつは私も不妊治療中で」など、自分のことをメッセージなどで話してくれることも少なくありませんでした。

 

そこで気づいたのは、意外と身近な人たちのことを知らないなということ。「母」とか「家族」とか、記号のような大きな言葉の中にも一人ひとりの物語が必ずあるはずで。

 

私自身も「どうやって子育てや仕事に向き合っていけばいいのか」これからのことを考えていたこともあって、身近な女性たちの話をじっくり聞いてみたいと思い、取材したり、コラムを執筆するようになったんです。

 

そうして彼女たちの話と私自身のエピソードを一緒にまとめたのが、8月に出版した『それでも、母になる-生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』でした。



選べないことを受け止める

 

── 自然に生理がこない「原発性無月経」という体の事情を抱える徳さんですが、「母になる」ことについては、妊娠する前までどのように考えられていましたか?

 

徳:

私は高校生のときに、生理がない自分の身体の疾患を知ったのですけど。自分が「子どもを産めないかもしれない」となったときに、同じ高校の友人が妊娠して子どもを産む経験をしたんです。

 

── ご友人は今回徳さんが出版された本『それでも、母になる-生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』の中でも、一番最初に登場していましたね。

 

徳:

彼女がいたことによって「こうやってお母さんになっていくんだ」ということを近くで知ることができました。と同時にやはり「私は母になれるのか?」と考えるようにもなりました。

 

私の気持ちとしては、産めるなら産みたい。

 

それは彼女がいたから、そう思ったんだとふり返ります。

 

また、母の影響もあったかもしれません。自分の身近にいる「母」たちに、憧れのような気持ちがあったんですね。

 

── ご両親が徳さんの体の事情を、どんなふうに受け止めていたのか気になります。

 

徳:

医師から、「産みたいなら早く産んだほうがいい」と言われていたこともあって、「産む」ことは意識していたけど、それでも私は結構、目の前のやりたいことに夢中になるタイプでもあったんです。大学に進学して、20代は割とバリバリ働きました。徹夜もしてお酒もよく飲んで(笑)。

 

「病院に行って薬を飲んでまでして生理を起こさないいけないの?」と思っていた時もありました。だけど母からよく「ちゃんと病院行っている?」と電話がかかってきて。

 

面倒に思うこともあったけど、今思うと母は、私以上に私の体を気にかけてくれたんですね。「産める可能性があるならできることはしたい」という気持ちだったようです。

 


── 徳さんが、母になることを選択肢として持ち続けたのは、ご友人やお母さまなど周りの人の影響が大きかったんですね。

 

徳:

自分で選んだことって、周りの環境が影響していることも多いと思います。

 

私も、妊娠できるかわからない状態で結婚したけれど、夫が「子どもがほしくて結婚するわけじゃないから」と言ってくれなかったら結婚していなかったし、病院に通い続けたのも、母の言葉がなかったら途中で辞めていたと思います。

 

私の選択にはどうしても、置かれている状況や、自分がこれまで築いてきたもの、周囲との関係性も関わってきます。

 

本の中に出てくる女性たちも、高校生で妊娠したり、親と血が繋がっていないことを知ったり、みんな置かれている境遇や抱えている葛藤はぞれぞれ。けれど共通しているのは、みんな自分の状況や境遇を、葛藤しながらも、受け止めているということ。

 

私たちの選択肢は、無限にあるわけではないじゃないですか。私も「産みたい」「母になりたい」と思っても、叶わない可能性があったわけで。ままならないこともある。

 

だけど、選べないことをいったん受け止められたら、そこからまた選んでいくことができる。

 

── 選ぶために、選べないことを受け止める。とても前向きな考えた方だと思います。



自分の気持ちを知るために、自分の時間を持とう

 

── 現在、徳さんは、0歳からお子さんを保育園に預けられたり、実家の愛知ではなく、東京でワンオペ育児生活をされているのですよね。

 

徳:

そうですね。夫がとても忙しい人で、数週間から数ヶ月単位で出張に行くことが頻繁にあります。正直、子育てをする人の手が多くある実家の愛知に帰りたくなることもありますが、東京で働き暮らすことを選んだのは、私たちです。

 

保育園に預ける前は、「1歳に満たないうちから保育園に預けてまで、私は働くのか?」と疑問に思ったこともありました。けれどその一方で、「社会に出たい、働きたい」という働く個人としての気持ちや、「夫が忙しく周りに親戚もいない状況で、ひとりで子どもと向き合い続けるの?」という母としての不安があったことも事実で。

 

待機児童問題も相まって、在宅フリーランスの私が迷って決断しても選べない可能性があることもわかっていました。なので運命に任せる気持ちで、保育園の願書を出したんです。

 

本当に、日々選択の連続だなと感じています。

 

── 選択しなければいけないとき、徳さんの「決める」基準になっているものはなんでしょう?

 

徳:

優先するのは自分の気持ち。家族の問題なら、自分を含めた家族の気持ちです。

 

とにかく、何か迷ったとき、選ばなければならないとき、「自分の気持ちを知る」ことが大切だと思っています。



── 自分の気持ちを知る。

 


徳:

なんとなく浸透している「ふつう」とか世の中の「ただしさ」に敏感になりすぎず、自分がどうしたいかを問うことが、何かを選択する上で大切だと思っています。

 

たとえば仕事と子育て。天秤にかけてどちらかを選ぶというよりは、いざという時にどちらを優先するか、1日1週間の時間をどう配分するか、子どもの年齢や自分の仕事の状況に合わせて、その都度考えて決めています。

 

仕事の側面だけを見て「うー、思ったように動けない、時間が足りない」と悔しく思うことはあります。でも、その分自分は子どもと一緒にいる時間を選んでいる。それは今の私の価値基準で選んでいることなので、過去の自分や周りで活躍している人たちと比べる必要はないんですよね。

 

私も選ばなかったことに想いを馳せることはありますが、自分の気持ちに耳を澄ませて決めたことには、納得感がついてくる気がしています。

 

── 徳さんが自分の気持ちを知るために、心がけていることはありますか?

 

徳:

自分の時間をとることは意識しています。

 

今は、子どもと一緒に早く寝て、早朝に起きて、子どもが起きるまで自分の時間を持つ生活スタイルです。早朝に起きてでも自分の時間を作ろうとするのは、ほぼワンオペで育児をやっていると、目の前のことに追われて、意識しないと自分の時間が持ちづらいから。

 

今は早朝に、自分の気持ちや疑問などを、紙のノートやブログサービス「note」に書いて洗い出しています。私は言葉や文章にすることで、自分が今何を考えているか客観視できるようになるので。

 

やっぱり意識的に時間をとらないと、1日ってあっという間に過ぎちゃう。1日1時間でも自分の時間を持つための時間割を決めちゃうのは、自分の気持ちと向き合うひとつの方法かなと思います。

 



他人と比べず、他人に押し付けない「私のふつう」

 

── 今、お話の中で「ふつう」という言葉が出てきました。『それでも、母になる-生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』の中で私が印象的だったのも、「私のふつう」という言葉でした。

 

徳:

この本をつくるにあたって、そもそも私が自分と近しい女性たちに純粋に関心があって、話を聞いてみたわけですけど。

 

たとえば「じつはお父さんとお姉ちゃんは血が繋がっていなかった」なんて話を、私は近くにいたのに知らなかったんですね。

 

意外と、ふつうに見えていたものと、その人が実際に経験しているものや感じていること──ふつうの中身っていうんですかね、それは一人ひとり違っていて。

 

── 一人ひとりの「ふつう」があったんですね。

 

徳:

私もすごく「ふつう」に囚われていた部分があったんです。

 

親とか、自分が育った環境でふつうを決めてしまっていたんでしょうね。けっこう大家族だったので、それが私にとってのふつうだし、幸せだと思い込んできた部分がありました。

 

だから、「子どもを産めなかったらふつうの幸せを手にできない」と思っていて。

 

── はい。私もなんとなくですけど、「結婚しなかったり子どもがいなかったりすると、女性としてふつうの幸せを手に入れたことにならないのかも」と思う時があります。

 

徳:

だけど、この本を書いて「そもそも、ふつうってなに?」と考えるきっかけになりました。

 

話を聞いた女性たちは、彼女たち一人ひとりにとっての「ふつう」が他の登場する女性たちの「ふつう」とは違ったんですよね。

 

だけど彼女たちはみんな、自分が何か特別な状況にいるとか、特別な選択をしているとかは全然思っていなかったんです。みんなある意味、自分のことを「ふつう」と思っている。

 


徳:

きっと、自分にとってのふつうとはなんなのか、考えることが大切なんだと思います。

 

主語を親や周りではなく、自分にして、自分を問う。そうすると、「私の生き方はこうだ!」と、私のふつうが見えてくると思います。すると、幻想的なふつうと比べなくても生きていけるのかなって。

 

また、私のふつうや私の正しさは、主語が私である時点で、他の人にとってはふつうでも正しさでもない。私のふつうを問うと、他人に自分のふつうを押し付けることに意味がないこともわかります。

 

だからこの本でも、私の経験で誰かを導くとか、教えるとかそういうことは考えていなくて。ただ、「私はこういう経験の元でこんな選択をしましたが、あなたはどうですか?」というスタンスで書いています。

 

── ここまでお話を伺って、「私のふつう」は、なんとなく感じる「世の中のふつう」に決して負けないのだと感じました。

 

徳:

私自身も、主語を私にすることは日々意識しています。そしてやっぱり、「私が選ぶ」ことが大切なんだと思っています。

 

たとえば……、この本の装丁。もっと別のデザインにした方が売れるという意見もあったけど、最終的には私自身が手に取るか、本棚に置いておきたいと思えるかという視点で選びました。

 

自分が直接知らない人の意見で動いたり市場に合わせたり、上手く売れるのかもしれないけど、正解、未来の結果は、誰にもわからないじゃないですか。

 

だから、どんな結果になったとしても後悔しないために、妥協せずに、自分が選ぶって大切だと思うんです。自分が選んだなら、結果がどうであれ、起こったことを受け止めることはできるから。小さな選択でも大きな選択でも、自分で選ぶことで、誰のせいにもしない結果を手に入れられるんじゃないでしょうか。